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2010-03-31

タイトル変更のお知らせ

先日、お伝えした講談社から五月に発売される連作短編集のタイトルに変更がありました。

『戦国悲譚 怨』 → 『戦国鬼譚 惨』

 おどろおどろしくていいでしょう。まあ、そこは私ですからホラー要素はありません(笑)。
 『戦国奇譚 首』の時は「タイトルから伝奇的なものを期待したのに」という意見もありましたので、今回は『首』よりもさらに正統派ということもあり、『鬼譚』としました。
 ただ、鬼は出ませんからね。むろん、鬼より恐いものはたくさん出てきます。それが何であるかは、もうおわかりですね。
 そういえば先日、あるブログで『戦国奇譚 首』についてコメントをいただきました。コメントしていただけるだけでもありがたいのですが、そこに「スケールが小さい」と書かれており、思わず笑ってしまいました。しかし、その後、あらためて考えさせられました。
『戦国奇譚 首』は疾風怒濤の戦国絵巻ではありません。人間の欲望とそれがもたらす結果のむごたらしさをいかに描くかというところに眼目がありました。それゆえ、いかにもスケールの大きい(というかスケールを大きく見せている)武将譚、豪傑譚の類とは一線を画しています。
と言ってみたところで、豪快な武将譚、豪傑譚を求める読者が大半なのが現実であり、そうした読者には、あまり喜ばれなかったという事実はあります。
 作家の狙うテーマや基調低音というのは、なかなか若年層も含めた読者すべてには伝わりにくいものです。司馬先生のように、「余談だが、明治人というのは―」と書いてしまえば伝わるのかもしれませんが、最近は、そうした作風があまり好まれません。
そうした神々の視点とか解説調の文章というものを使わずに、若年層も含めた読者すべてにテーマや基調低音を伝えるのも作家の腕ですが、読者の期待(読みたいもの)とずれがある限り、テーマ云々などは吹き飛んでしまうわけです。
 要するに何が言いたいかというと、『首』同様、今回の『戦国鬼譚 惨』も、『竜馬がゆく』じゃないので、特に若い方は勘違いなさらないでお読み下さい(笑)。
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