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2010-07-18

人はなぜ泣きたいのか

 私はデニーズで長時間、作業をすることが多いのですが、デニーズには様々な人たちが来ます。朝一だと、ホストが女性客と朝食を共にしていたり、中国人女性の元締めの男性が、仕事上がりの女性を引き連れ、朝飯がてら日本語を教えていたりすることもあります。派手な喧嘩も見たことがありますし、涙の別れをするカップルもいました。ファミレスは人間模様の交差点です。
 ということで先日、横に座った親子連れがいました。母親と二人の女の子でしたが、母親が「こんなに感動した小説はなかった」「これほどの名作はない」と話していました。どうしてもタイトルは聞き取れなかったのですが、どうやら難病ものらしく、信虎や逍遥軒は出ていないようでした(爆)。
 そこでしみじみ思ったのは、「果たして、泣かせる小説や映画=名作なのか」ということでした。また「日本人は、いつからこんなに泣きたくなったのか」ということでした。
あなたは『七人の侍』で泣けますか。逆に言えば、黒澤監督は泣かそうとしていますか。あの淡々としたラストシーンを見れば、答えは出ています。黒澤は民の力強さと武士の空しさを描くことで、人の生きるべき道を示唆したかったのでしょう。そこに「癒し」の介在する余地はなく、逆に、観終わった後には、ずっしりと重い感動がのしかかってきます。
これが名作というものではないでしょうか。
小説だって同様です。かつての文豪の作品は泣かせようとしていますか。ものの見事に、一作たりともそんなものはありません。難病もので著名な立原道造の『風立ちぬ』でさえ過剰な描写を控えたペシミズムが漂っています。
感情を表に出さない日本人の慎ましさとは、本来、そういうところにあったのです。ところが昨今の映画や小説は、「お涙頂戴」もののオンパレードです。特に映画の場合、「今が泣く場面ですよ」と教える副音声のようなセリフと、いかにもな伴奏に、こちらが気恥ずかしくなるほどです。
世の中に蔓延する「泣きたい症候群」は何に起因するものなのでしょうか。癒しを求める人々にとり、「泣けない作品は価値のないもの」なのでしょうか。なぜ「そんなに泣きたい」のでしょうか。
 私の胸内には、縹渺とした荒野が広がっているだけです。
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伊東潤

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