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2012-01-15

ウィンド・サーフィンとか、ウィンド・サーフィンについて

今日は江戸博で「平清盛展」見てから、城めぐり仲間との新年会に参加してきます。

http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/index.html

その前に、途次にある大手の書店さんにも挨拶に行ってきます。
(行けない書店さん、ごめんなさい)。
ところで一昨日、遠隔地から来られてホテルに滞在している某候補が書店さんめぐりをしていたそうで、そのサインがあまりに丁寧で感動を呼んだようです。
字が上手い人はいいな。
オデは字がへたなので…。
あっ、いかん。もうメッタ斬り調になっている。
ということで、本日深夜12:00に豊崎社長と大森さんがメッタ斬り予想します。
もちろん聴くつもりですが、酒飲んで帰ってきてから起きていられるかオデ。
それよりも話題に出るか、オデ!

http://www.jorf.co.jp/PROGRAM/radio.php

私のウィンド・ライフについては、今回、報道されてしまったので、少し話しますね。
私がソウル五輪予選に出たのは、87年頃のことでした。
この年は、初めてウィンドが正式種目に取り上げられた年で、出走はディビジョンⅡという艇種に統一されていました。
8位といっても、全部で12艇くらいしか出ていなくて、私より上位にいたファーイーストの根岸さんと富本さんは、仕事の関係ですべてのレースに出走できなかったので、フルデイ出走した中では、私は後ろから三番目でした。
結局、浅野龍君が代表になるのですが、本気で競っていたのは広瀬さんと全日空の三沢君ぐらいで、ほかのメンバーは腕試しのようなものでした。
とくに江の島のフリーキーから出ていた仲間は皆、最初からレースを楽しむ目的で出場しました。

私の場合、それよりも三浦の津久井浜をホームゲレンデに変えて、ショートボード乗っていた頃の方が断然、腕は上でした。
洗濯板のような津久井浜の海で、重いアルミマストにもかかわらず、強引にレイダウン・ジャイブをかましていた頃が全盛期かな。
その後すぐにカーボンマストの時代になったので、怪力のアドバンテージはあまりなかった気がします(今は推理作家協会のソフトボールでカブレラやってます)。
また、金に糸目もつけず道具をそろえていたので、生涯で300万くらいは使いました。
道具持ちの嫌なやつでした(笑)。
風があると、ほとんど海に出ていたので、甘酸っぱい思い出なんてありませんよ(笑)。
風がないと道具の整備か、津久井浜のカーサやスウィート・バジルとかで読書や英語の勉強をしていました(外資系に勤めていたので)。
正直な話、ウィンドについてはハードコアなマニアでした(笑)。
ほとんど陸に帰らず、最高で6時間半戻らなかったこともあります(トイレはどうしたか忘れた)。
湘南ライフを満喫していたように思われがちですが、海の上ばかりにいたので、漁師さんと同じようなものです。
その経験を生かして書いたのが、『幻海 The Legend of ocean』です。
その他のことは、またの機会に(もう、ないか)。
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伊東潤

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『王になろうとした男』
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