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2012-03-26

上目線の弊害は己に帰す

最近、ネットでのカキコミやレビューといったものが、日増しに上目線になってきたように感じます。
それだけ世の中の閉塞感がひどく、若者のはけ口がないのでしょうね。
われわれプロは作品を世に問うている立場ですから、何を言われようが構いませんが、真摯な姿勢で作品を批判するのではなく、ただ上から見下ろして、こき下ろすような人の多さに、日本の将来が心配になってきます。
五年ほど前までは、こうしたことは一部に見られる現象でしたが、悪貨は良貨を駆逐するがごとく、最近ではブログからツイッターまで、上目線で粗探しするような論調が多くなってきました。
名著『下流社会』によると、これが「仮想的有能感」なのでしょうが、こうした優越感を抱かない限り、アイデンティティーを保っていけない風潮には、強い不安を覚えます。
上目線に立った時点で「学ぶ」意欲は失われ、唯我独尊な心境に至ります。それにより向上心もなくなり、「今の俺様で十分」「俺様は偉いんだ」となります。これが、進化を止めて現状に満足する若者が急増している原因の一つでしょう。
先日、黒鉄ヒロシ氏も「夢を実現したかったら、それに見合った努力をせねばならない。それができなければ夢をあきらめろ」という主旨のことを仰せでしたが、氏は若い頃、1日16時間も執筆に費やしていたそうです。
努力なくして夢を実現することはできません。
向上心がない限り、成長や進化はありません。

また匿名であることから、ネットでは無責任な発言もできます。これをリアルな世界でも通用すると勘違いしてしまう若者も多くなった気がします。
ネットとリアルは切り替えているから大丈夫と、お思いの方もいるかもしれませんが、そんな切り替えがうまく行くはずなく、ネット上での唯我独尊や無責任は、リアルな世界にも徐々に浸透し、様々な場面で顔を出してくることになります。
コンサルタントをやっていた頃、多くのマネジメントから、若手社員の「根拠なき自負心」「責任感の欠如」「成長意欲のなさ」などを聞いてきた私としては、荒れたネットに参加する人が多くなることで、日本人のビジネス・メンタリティが瓦解していくことになるのではないかと心配です。

私は、mixiなどでは慣例に従いHNを使っていますが、本を出すにあたってはペンネームを使いませんでした。これは自らの作品を世に問うということは、自らが責任を負うべきであり、別の人格に、その責任を負わせてはならないという思いからでした。
そこから責任感が生まれ、自らの作品については、一字一句に至るまでベストを尽くすことができました。
若者が批判や意見を自由に言う場は、私も必要だと思います。しかし、自分の本名が知られないから、ネットでは何を言ってもいいという考えは「俺様主義」を助長し、発言者の向上心を失わせる元凶となります。
いかにネット上であっても、HNを使うにしても、自らの発言に責任を持つことで、健全なアイデンティティーが構築でき、「仮想的有能感」ではない、真に有能な人間になれると思うのですが、いかがでしょうか。
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伊東潤

Author:伊東潤
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『王になろうとした男』
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『池田屋乱刃』
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