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2012-07-13

作品中の一般常識的な部分について

ついでなので申し上げておきます。
私の書いているのは小説なので、必ずどこまでが本当でどこまでが作り話なのか、という問題が常につきまといます。
しかし一般常識的な部分については、すべて歴史に則っています。
先日、ネット上で指摘があったので答えておきます。
『義烈千秋』において、当時は数え年なのにもかかわらず、丑之助が「誕生日が来て十三になりました」と言うシーンがあります。
これは伝承として地元に残されている話ですが、当初、私もおかしいと思いました。
これについては編集と議論し、カットすることも考えました。
司馬先生のように「そもそも当時の年の数え方は――」と書くことも考えました。
しかし、あえて何もせず残しました。
というのも、作り話であっても伝承として残っている。幕末だから「あり得ない」とも言い切れない。背伸びしたい丑之助の気持ちとしては、母親に「お前は秋に生まれた」という話だけ聞いていれば、「十二年以上生きた」という気持ちも生まれる。といった観点から説明抜きで残しました。
こうした指摘は尤もですが、これをやられると、小説の多くの部分を「ちなみに」「余談だが」といった調子で、司馬先生のように書かなくてはならなくなります。
粗探しをしていただくのは構いませんが、それなりの理由があっても、小説ではその理由まで書けないのです。
とにかく小説は小説として読んで下さい。
歴史解釈については、新書で発表しますので、解釈の拙さや間違いは、そちらで非難していただくよう切にお願いいたします。
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伊東潤

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