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2012-08-01

時代小説と歴史小説

オリンピックで浮かれてしまい、このブログに来ていただく方の期待を裏切ってしまいました。
拍手一つに終わったなでしこ応援記事は削除しました。
深く反省しております。

最近では、江戸時代を描いたものが時代小説で、それ以外が歴史小説という認識までなされてきているようですが、江戸時代を描いたものでも、史実をトレースしつつ人間ドラマを紡いでいるものは歴史小説のカテゴリーに入ります。
例えば幕閣の権力争いや、諸国のお家騒動を史実に沿いつつ小説化したものは、紛れもない歴史小説です。
一方、背景として史実を大まかに抑えつつ、自由に物語を紡いでいくのが時代小説です。
つまり時代小説とは、江戸時代という時代空間を借りて架空の物語を紡いでいく小説分野であり、その自由度からすれば歴史小説よりも現代小説に近いものです。
江戸時代の風俗や町の名とその配置といった舞台装置さえ押さえておけば、どんな話を紡ごうが作者の勝手です。
この点から考えると、時代空間だけ戦国期を借りて、自由にストーリーを紡いでいくNEO系や伝奇系の歴史小説は、時代小説とも分類できます。
実に難しいですね。

歴史小説はどうかと言うと、史実という基本線は絶対に外せません。
つまり歴史小説には、史実という縛りがあるので、その点では、ゼロベースから物語を構築できる現代物のようにはいきません。
明らかな史実を、さも尤もな話で補強し、水面下でつないでいくという感覚でしょうか。
ゲーム的に言えば、史実というハードルをすべてクリアしなければ、ゴールにはたどり着けないのです。
また史実とは、既知の事実を意味します。分かりやすく言えば、たいていの場合、誰でも結末を知っているのです。
本能寺で信長は死に、関ヶ原では東軍が勝つという史実は、絶対に変えられないだけでなく、誰もが知っているのです。

それでは読者は、そうした前提を意識して読んでくれるのでしょうか。
答えは否です。
昨今の読者の大半は、「歴史小説だから仕方がない」などという読み方はしてくれません。
現代物を読み慣れている読者は、同じ基準でカタルシスを味わいたいという欲求を無意識裡に抱いているのです。
これが、「歴史小説を歴史小説として読んできた」昭和の読者とは違う点です。
さらに言えば、そうした前提をクリアして、いいストーリーが構築できたとしても、「これもありかな」と、歴史通を納得させるだけのプロットでなければならないわけです。
それらをクリアして、十分に面白い話が書けたとしても、しょせん信長は本能寺で死ぬわけですから、「先が読めていた」とか「さもありなん」という感想を抱く人もいるわけです(笑)。
結局、「何となく歴史小説はつまらない」ということになり、21世紀になってから読者が激減していったわけです。
(続く)

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伊東潤

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