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2012-11-30

歴史小説におけるキャラクターとは何か

今回は、これまで触れてこなかったネットレビューについて触れたいと思います。
何を言われようとも、こうしたものを黙殺するのがプロ作家の暗黙裡の常識ですが、誤解をしている読者があまりに多いので、このテーマに限って言及しましょう。
ネットレビューなどで、拙著はよく「キャラクターに魅力がない」などと言われますが、実に心外です。
まず歴史上の実在人物の場合、一次史料をベースにキャラクターを作り込むので、勝手なキャラを作れません。これが本格歴史小説の鉄則です。
それを守らないと、キャラの行動に一貫性がなくなるからです。
例えば、実は信長は面白い男だったというキャラにします。そんな男が比叡山の焼き打ちや伊勢長島の虐殺を命じますか。
一事が万事こんな感じで、そうした前提の中で、いかにキャラを浮き上がらせられるかが鍵となります。
ですからキャラの造形に関しては、実在人物が大半を占める歴史小説と、その逆の現代小説(時代小説も)をいっしょくたにしてほしくないのです。
私の描く秀吉もよく「ステレオタイプ」と言われますが、基本的には、一次史料に残された秀吉の個性を的確に再現しています。
その縛りの中で、陽気な部分と冷徹な部分が混在する秀吉という人間の複雑さを浮かび上がらせているはずです。
だいたいにおいて、特徴のあるキャラ、個性の強いキャラを描くことなど、小説家の初歩中の初歩です。だからライトノベルや学園小説はキャラ主導なのです。

また私が、あえて等身大のキャラや、魅力のないキャラを描いていることも知っていただきたいことです。
例えば、あるレビューで『義烈千秋』の中に登場する武田耕雲斎のことを、「魅力がない」と指摘されましたが、私は、あえて魅力のない堅物を描いているわけで、それを「魅力がない」と言われれば、「ありがとうございます」と答えるしかありません(笑)。
武田勝頼、北条氏照、上杉三郎景虎のことも、よく同じように言われますが、「魅力がない」とレビューで書いた人は、彼らの残した書状を読んだことがあるのでしょうか。
三人とも至って常識的で普通の人間です(そこが秀吉や竜馬と違うところ)。
あえて私は、彼らの個性を消し、等身大のどこにでもいるような男として描いています。
そうした等身大の人間を描くことで、物語のリアリティが増し、マンガ・NEO系歴史小説・歴史伝奇小説ではない本格歴史小説になるわけです。
歴史小説におけるキャラクター作りというものが、これでお分かりいただけましたね。
キャラの話は一例ですが、プロの小説家は、「できないからそうしている」のではなく「あえてそうしている」ことが多いのです。
それを踏まえた上で、心してレビューを書いて下さい。
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伊東潤

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