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2014-05-13

史実と歴史小説

最近、「この小説は、どこまで史実に基づいているのか分からない」という声をネット上で、よく聞きます。
史実と歴史小説について、若い読者の皆さんが混乱しているようなので、ここで整理しておきたいと思います。
まず歴史上、史実として分かっていることは、ごくわずかであるという前提があります。
もちろん時代をさかのぼるに従い、史実としてはっきりしていることは少なくなります。逆に近世から現代に近づくほど、分かっていることが多くなります。
つまり海面に顔を出している氷山(史実)の数が、古代に向かうほど少なくなり、現代に近づくほど多くなるというイメージを、まず持って下さい。
氷山は、海面上に見えている部分の何十倍も海面下に隠れていると言われます。つまり見えている氷山の下には、見えていない部分が膨大にあるのです。また複数の氷山が、海面下でつながっていることさえあります。
歴史研究は、海面上の見えている氷山だけを扱うものですが、小説は海面下の氷山まで扱います。
ただし歴史小説の大前提として、「史実を改変してはならない」という基本ルールがあります。つまり、海面上の氷山の形を変えずに、さらに、海面上に見えている都合の悪い氷山を無視してはいけないのです。
言い換えれば歴史小説は、基本的に史実に従っていると思っていただいて構いません。
それでは、なぜオリジナリティ溢れる”面白い”物語にできるのか。
それは、海面下に隠れている氷山を「解釈」ないしは「考証」しているからです。
つまり史実という、ところどころに顔を出している氷山を、解釈力や考証力によって海面下でつないでいくことが、歴史小説家の仕事なのです。
別の言い方をすれば、「そうだったとは証明できないが、そうでなかったとも証明できない」という落としどころを見つけるのが、歴史小説というわけです。
お分かりいただけたでしょうか。

随分前に観た新選組映画で、沖田総司(北大路欣也)が、鳥羽伏見の戦いで戦死してしまうというものがありました(1969年製作の『新選組』)。おそらく監督は、どうせ江戸に帰って病死するのだから、沖田を鳥羽伏見で戦死させた方が面白いとでも思ったのでしょう(思いつきで)。しかしそれにより、映画そのものが台無しになったことは言うまでもありません。
沖田は江戸で病死したのです。その史実を無視してはプロとは言えません。そういう地味な終わり方でも、見事に面白い話にしてみせるのが、プロの仕事なのです。
他人の小説だと差し支えるので(笑)、映画を例に挙げましたが、史実を無視した時点で、映画も小説もアウトなのです。

本能寺の変の真犯人は誰かを考えるにあたり、私は「最もあり得ない真犯人は誰か」から考えました。
そして、「最もあり得ない真犯人(というか仕掛人)は信長本人」という結論に達しました。
それでは、その結論に至るまでのプロットをどうするのか。
最も陳腐なものが、「信長は自殺したかった」というものです。これこそ史実の無視になります。信長は、天下統一の目標に向かって突き進んでいる最中です。
それでは史実を踏まえつつ、この結論に至るにはどうすればよいのか。ここが小説家の腕の見せ所です。
その答えをどう出したかは、『峠越え』をお読み下さい。
また、最もあり得ない真犯人(というか仕掛人)の第二位は、あの人なのは言うまでもありません。だってあの人は遠く備中高松城にいたわけですから。
しかしそこで、「無理だ、駄目だ、あり得ない」と思考停止の壁を立ててしまっては、あの人に笑われてしまいます。だってあの人こそ、思考停止しない人ですから。
そのセカンド・アイデアを小説として実現したものが、『王になろうとした男』の後ろ二つのエピソードです。
物語を作る時は、こうした「結論ありき」から始めて(最もハードルの高い結論が最も面白かったりします)、すべての氷山(史実)をクリアしつつゴールするという発想法も必要なのです。
むろん、それがすべてうまく行くとは限りません。物語を作る上で障害となる氷山が現れた場合、潔くアイデアを捨てる覚悟も必要です。
『王になろうとした男』所収の『小才子』などは、場所も日時も、すべてジャストにはまった典型的な成功パターンでした。それがどうはまっているのかは、お読みいただければ分かるはずです。

さらに一言付け加えさせていただくと、私が『峠越え』で描いた本能寺の変の仮説を、「それは無理だろう」と仰せの方が、ネット上で多いのに驚かされました。
実はこの大仕掛けも、「こうだったとは証明できないが、こうでなかったとも証明できない」という一線を守っているのです。
つまり、史実をないがしろにしているわけではないのです。
ただし、あまりにも大胆不敵な大仕掛けなので、何となく「無理がある」と思われるのでしょうね。
確かに、この仮説は真実ではないでしょう(苦笑)。しかし可能性として、ゼロでないということをお忘れなく。
だから歴史小説は面白いのです。
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伊東潤

Author:伊東潤
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『巨鯨の海』
『王になろうとした男』
『峠越え』
『天地雷動』
『野望の憑依者』
『池田屋乱刃』
『死んでたまるか』
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