FC2ブログ

2012-04-08

他責社会が日本を殺す

文藝春秋の芥川賞受賞作品掲載号(3月号)に載っていた「日本の自殺」という記事に触発され、資本主義社会の限界について、最近、よく考えるようになった。
とくに、「現代人に見られる思考力、判断力の全般的衰弱と幼稚化傾向」が何を生み出すのか関心がある。
それは、ワーキングプアーを作り出してしまう社会構造ともかかわっているはずだ。
派遣労働や失業者を追った報道番組に出てくる人は、たいてい「かわいそうなぼく」「かわいそうな私」という意識を持っており、他責指向から抜け出せていない。
「かわいそうなぼく」という意識を持ってしまった時点で、能動的に人生を切り開く気力はなくなり、何事も国家や企業のせいという発想になる。
よく「派遣切りに遭い、会社の寮を出ていかねばならず、住むところもない」といった話をテレビでやっているが、そういう人は、そこに至る道を振り返ったことがあるのだろうか。人生設計もせずに「何とかなるさ」といった調子で、その日暮らしをしていたのではないだろうか。
「正社員になりたい」といっても、どうすれば正社員になれるか、とことん考え、それなりに行動に移してきたのか。
「自分が正社員になることで、どれだけ企業にプラスになるか」を考えたことはあるのか。おそらく「自分の生活を安定させたい」ためだけに「正社員になりたい」と思っているのではないだろうか。
そんな人間を企業は正社員にしない。
企業と対等の関係を築きたいなら、企業に何らかの付加価値を与えねばならない。
それが資本主義社会の原理である。
企業は派遣労働者を生産量の調整弁としか考えておらず、それは株式会社のあり方として「正しい」のだ。
もしも非正規労働者の権利を大幅に認めてしまえば、企業は海外に工場を移転し、さらに働き場はなくなる。
現に円高が続き、多くの企業が海外移転や海外工場の生産拡大を決めている。
言うまでもなく、それも株式会社として「正しい」姿であり、そうでなければ誰も株など買わなくなる。
私は専業作家であり、企業の味方ではない。こうしたことを偉そうに言っても、若い読者を減らすだけで、何の得もないことも知っている。
しかし、あえて厳しい言い方をしているのは抜け出してほしいからだ。

八十年代のことだが、かつて私の友人に遊び人のサーファーがいた。そいつは働くのが嫌で、いつも海にいたが、料理を作るのが好きという取り柄だけがあった。いわゆるBBQ奉行である。
ウインドサーファー・ライフを続けたいと思った彼は、保健所の許可を取り、アパートの一室で弁当屋を始め、近くのショップや釣り船屋に配達するようになった。
彼は午後から海に出たいががために、事業拡張などしなかったが、いつも大繁盛で、親しくしていた私さえも、注文を断られることが常だった。それでも、一日百食は作っていなかったと思う。
独身一人が食べていくには、それで十分だったらしく、彼は高いボードやセールまで平気で買っていた。
「保健所から許可をもらうのがめんどうだった」と、彼が笑って話していたのを覚えている。元手は、材料を別にすれば使い捨てのパック代、バイクのガス代、今まで使っていた調理道具くらいだとも言っていた。
しかも風のない午後は釣りをするので、材料の何割かは無料である。
完璧なライフスタイルだった。
私はその一部始終を知っていたが、事業を興すのは何と容易なものかと思った。
何かから「抜け出せない」ことなどないのだ。
抜け出せないのは、自分を縛っている他責指向であり、「かわいそうなぼく」になって同情され、他人に助けてもらいたいからである。
厳しい言い方をしたが、人生を自らの手で切り開かねば、しょせん同じことの繰り返しになる。
同情や共感こそ、百害あって一利なしなのである。
スポンサーサイト



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

伊東潤

Author:伊東潤
作家伊東潤のブログへようこそ!

【最近の作品】
『巨鯨の海』
『王になろうとした男』
『峠越え』
『天地雷動』
『野望の憑依者』
『池田屋乱刃』
『死んでたまるか』
ホームページ
http://quasar.ne.jp/CCP026.html

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード