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2010-04-19

石和川中島合戦絵巻出陣レポート

縮小版3

縮小版2

金曜に降雪があったとは思えないほど晴れ上がった4/17の土曜、石和に到着したわれわれ演出部隊は、早速、翌日のための段取りの確認と殺陣の練習に励んだ。雪解け水により、水量が多い笛吹川であったが、上流から渡河できないほどではないことを確認、翌日の本番では、橋の上からではなく、渡河という演出をすることになった。これが後に大きな問題となることも知らずに。
翌4/18の日曜日、前日ほどではないにしろ空は晴天の上、いつになく涼しいので、絶好のコンデションとなった。
今回は、北条氏康と今川義元の援軍という新しい演出があったため、演出部隊は、北条勢、今川勢に分かれて観客席側に待機することになった。これは初めて。
塩留めの演出はそのまま継続しているため、今川勢の援軍はどうかと思うが、元々、死んだ武将が生きていたりして、時代比定が困難な祭りのため、致し方ないのかもしれない。
ということで、合戦絵巻はいつものように開始された。
武田B隊を率いる私は、橋の上の殺陣も無難にこなし、第五戦の最終戦において、あらかじめ決められた最下流の戦場に、高校生部隊を率いて向かった。ところが、相手となるはずの上杉B隊がいつまで待っても来てくれない。すでに本戦場では合戦が始まっており、私は状況が掴めず苛立っていた。
その時であった。何と上流から十人ほどの上杉勢(すべて高校生)が川の流れに乗って襲い掛かってきたのだ。その心憎いばかりの演出に、私は小躍りした。
「掛かれ!」
 掛け声とともに川中に飛び込んだ私らであったが、どうも様子がおかしい。上杉勢は私たちと戦わずに、下流に流されていくのだ。ようやく事態をのみ込めた私は、武田B隊の高校生を河畔に待機させ、救援に向かった。
最下流の最も中ほどに何とか踏みとどまる連中が危ういと思った私は、直線的に向かわず、河畔を思い切り走り抜け、大きく回りこんだ。流されてきた者を受け止めるためである。
見ると、五人ほどが中ほどで立ち往生している。その中には先に救援に向かったフジもいた。幸いにして誰も流されてこなかったので、私はその場に到着すると、最も参っていた女子高生の手を取り、少しずつ河畔に向かった。
 何とか河畔に連れてきた時は、私も疲れきってしまった。その他のメンバーも、それぞれ高校生を救出したようだ。
 混乱は収まり、何とか戦線に復帰したが、後味が悪い祭りとなってしまった。
 原因は、渡河地点を教えたにもかかわらず、最短距離を渡ろうとしたことにあったらしい。とはいうものの、しっかりと指導しなかったわれわれに落ち度があったことは言うまでもない。次回があればの話だが、反省点としたい。
 また、今回は一般参加の方々の中に顔見知りが少なくなり、たいへん寂しかった。以前は、祭り終了後に引いていく方々に挨拶をするのが楽しみなほどだったが、本当に数えるほどしか顔見知りはいなかった。
 いよいよ隠居の時が迫っていることを実感した。
(写真は、本番前の陣幕裏風景と前日の殺陣リハーサル)
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